12日目
猿橋宿−駒橋宿−JR大月駅


阿弥陀寺のカーブを過ぎて少し歩くと、旧道は20号線と別れて右下に下りる感じになります。
進行方向左に20号線とJR中央線、右に桂川と中央道となる旧道は長閑で歩き易く、
冬の寒さを忘れました。

国道20号線と分かれたところ

旧道は左の登る道です。
横尾橋のバス停(20号線)で振り返って
(細い道が旧道です。)
20号線に入ったと思ったらすぐに右の道へ
向こうに見えるのが駒橋宿です。

25.駒橋宿(山梨県) 行程
駒橋と一口に言っても、どこに宿場の中心があったのか、よく分かりません。
しかし歩いてみると、雰囲気から駒橋3丁目辺りに宿場の中心があったように思えます。

宿場の雰囲気が漂っています。

趣のある家(1)
趣のある家(2)

20号線との号流点の少し手前にあった厄王大権現
マンホールも洒落ています。

左から来る国道20号線と合流します。
合流点付近の雰囲気のある家

26.大月宿(山梨県) 行程
駒橋1丁目で、旧道は2号線と別れて、
ぐるっと回る感じで 大月駅に出ます。
旧道にはレンガが敷いてありました。

大月宿の中心がどの辺りにあったのか、未確認です。
この日はとりあえず、JR大月駅で終わることにしました。これから岩殿山の上ります。

駅前通りにあったナマコ壁が美しい家
たいへんな旧家のように思えます。


JR大月駅はログ・ハウス

20号線にあった敷石。同じものを鳥沢でも見ました。
『みたち』とは、どういう意味なのか、
大月駅付近の地名が『みたち』なのかと思うのですが、未確認です。

織田信長に攻められて、新府城に火をかけた武田勝頼が、頼ったのは岩殿城の小山田信茂です。
しかし、小山田信茂は勝頼に離叛しました。
ーーーという悲しい物語がある岩殿山は、大月の駅から近くて、絶好の眺望が望めます。



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