10日目
野田尻宿ー犬目宿ー下鳥澤宿


四方津の駅からバスに乗って、平和中学まで戻りました。
歩き始めたのは、午後3時10分を過ぎていました。

野田尻宿のはずれにある西光寺に向かって右の道が旧甲州街道です。
その道を上っていくとすぐ中央道を渡り、アスファルトの道が未舗装に変わります。
短いながらこの未舗装の道は、旧道という感じで風情があります。
この未舗装道はすぐに舗装されたバス道にぶつかって、 このバス道が旧甲州街道となります。

振り返って西光寺を見る この先は、バス道路にぶつかります。

バス道になった甲州街道を少し歩くと右側に石碑があります。
本に書いてあった『荻野富士講碑』かと思ったのですが、碑に書いてある字が読めません。
更に歩くと右側に『荻野一里塚』。日本橋からはるばる66kmです。
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荻野富士講碑?

(20)荻野一里塚(日本橋から20里/78.5km)
この辺り(荻野集落)の旧甲州街道は、
中央道のすぐ南側を通っています。
左の写真に見るように
なかなか雰囲気のある道です。
中央道は切通しになっているし、
防音壁がしっかりているので
中央道の車の音は、あまり気になりません。


旧道の雰囲気のある道を600mくらい歩いて
また中央道を渡り、中央道から離れた
北側の道をしばらく歩くことになります。


中央道を渡って少し進むと矢坪坂にかかり、バス道とはお別れです。
矢坪坂のあたりで、1530年4月、北条氏縄が甲斐の国に攻め込みました。
向かえ撃ったのは、小山田越中守。
結局、小山田軍の敗退となったこの戦いを矢坪坂の戦いというそうです。

振り返って・矢坪坂の登り口 アスファルトの細い道を登ります。

矢坪坂を登っていくと、道が車で塞がれて、一瞬行き止まりかと思ったのですが、
車の向こうに、山道が続いていました。

結構険しい登りです。 石畳があるというーー。これかと?

この辺り、『座頭ころばし』という絶壁の難所があるというーーー。
名前に惹かれて、今回の一番の関心場所です。
登りつめたところに、『座頭ころばし』の看板があって、難所だということが納得です。
柵から下を覗くと、足がすくみました。

読めないけれど『座頭ころがし』と書いてあります。

看板の少し右
この地名は『座頭ころばし』とも『座頭ころがし』
ともいうようですが、『ころばし』の方が
なんとなく好きです。


『座頭ころばし』の看板の少し右側から下を覗くと
V字を上下反転した形のバス道が見えます。


更に少し進むと、
中央道の談合坂上り線の
サービス・エリアが見えました。

その向こうに湖も見えて、よく通る中央道の
別の面を見た気がしました。
中央道の談合坂上り線サービス・エリア

右は座頭ころばしへの新田側の登り口。
もうこの辺りの住所は、犬目になっていました。

新田の松並木とか、鍛冶屋跡とか
見つかりませんでした。
徒歩旅行は、なかなか戻ることができないのですが、
だからといって、スポットを全て見つけ出すのも
ほぼ不可能です。
振り返って・左旧甲州街道、右バス道

21.犬目宿(山梨県) 行程
この辺りが犬目宿なのだろうと、道路工事をしている道を進んでいくと、宿場の標識がありました。
この標識のあるところに、公衆トイレがあります。
ここにあった看板に、本陣跡があると書いてあったのですが、見逃してしまいました。
犬目は、天保の大飢饉のとき、この地で起こった郡内騒動の首謀者とみなされた兵助の生誕地でもあります。
兵助は、各地を転々とした後犬目に帰り、明治2年に亡くなったというーーー。
兵助から数えて、6代目の方が今も犬目にお住まいだそうです。

野菜などの販売所でもあります。 犬目宿の碑

犬目宿で進行方向の写真を撮りたかったのですが
逆光で上手く撮れませんでした。

左の写真は、振り返って撮った犬目宿。
道路工事は遠くなりました。

ここで気がついたことですが、
JR上野原駅から犬目宿まで
バスが来ているのですが、
反対方向の大月駅からも犬目宿まで
バスが来ています。


下の写真は、犬目宿の下鳥澤側のはずれです。
宝勝寺というお寺がありましたが、日暮れが近くて素通りです。
ここに、これより犬目宿の標識がありました。


宝勝寺 振り返って

日暮れが迫ってきているので、急ぎ足になりました。
坂道を一気に国道20号線まで下りましょう。
途中、君恋坂というロマンチックな坂を下り、山谷坂を下れば20号線に出ます。
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君恋坂? (21)恋塚一里塚(日本橋から21里/82.5km)

恋塚一里塚は、ほぼ完全な姿で残っている数少ない一里塚のひとつです。
道路の拡幅がなければ、道の両側に残っただろうにと残念です。

22番目の一里塚は、JR鳥沢駅の近くですから、恋塚一里塚から鳥澤駅までは4km。
1時間の距離です。頑張ろう!

もう春の息吹がーーー。
大月市に入りました。

君恋坂から国道20号線に下る途中、何度も美しい富士山を見ました。
葛飾北斎の『犬目峠の富士』は、ここらで描かれたのでしょう。

20号線に着いた時は、もう暗くて
折角の下鳥澤宿が良く見えませんでした。

何度も車で通った道なのですが、
こうやって宿場を意識して見ると
ちょっと感じが違います。

下鳥澤宿の観光は、次回に回して
JR鳥澤駅に急ぎました。
駅に着いたとき、5時50分でした。

JR鳥沢駅付近には、
駐車場が有料も無料もありません。
夕暮れの下鳥澤宿



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