23日目の(1)
JR青柳駅ー宮川坂室の交差点


2009/ 9/22 うす曇の中、1年ぶり、最後の甲州街道ウォーキングです。
JR青柳駅から少し歩いて国道20号線を越えて、去年の秋歩いた甲州街道まで戻ってきました。
今日は、中仙道との合流点下諏訪宿まで約19kmを、完歩しようと意気込んでいます。
途中、孔雀草が咲いている家があって、とても綺麗でした。
 

ここが今日のスタート地点です。

少し歩くと20号線と合流します。
44.金沢宿(長野県) [行程
20号線を歩いていると、左手に金鶏山泉長寺という諏訪家の家紋のあるお寺がありました。
諏訪家とどういう関連があるのかは、よく分かりません。
山門の手前に『金沢宿 お手つき石』がありました。
駒木野宿(東京都)にも、お手つき石が残っていましたが、これはこの付近に関所があったということなのでしょう。
もう一つ、興味深かったのは仏足跡で、インドでは、礼拝の対象とされているものだそうです。


泉長寺の山門

泉長寺の本堂
お手つき石 仏足跡

金沢宿は、もともと権現原にあったものが、
相次ぐ宮川の氾濫と火事による消失で、
この地に移ってきました。

金沢の交差点にある本陣跡。
明治天皇が宿泊したか、休憩したか、
の碑があります。
金沢本陣は、小松家が勤めていましたが、
4代三郎左衛門は高島藩から伝馬を怠った咎で、
張付にされ、家は断絶しました。
それ以降は白川家が本陣を勤めました。

三郎左衛門は、村民のためによく尽していたので、
義民として、宿場内に手厚く葬られています。

1軒先にある明治まで茶屋だった近江屋

木彫りが美しい!
古い旅籠『松坂屋』

『旅館 HOTEL 松阪屋』と書いてあります。
20号線右側に、昔馬方宿だったという小林家があります。
小林家は、実に堂々とした構えの家で、今も住居として使われているようです。

玄関左側の道沿いに、穴のあいた石が一つあります。
昔は、もっとたくさんあったのでしょう。客はここに馬を繋いで、宿泊しました。

馬方宿だった小林家

馬継ぎ石

小林家から少し進むと、右側に入っていく道があります。
枡形っぽいし、お地蔵さんと馬頭観音があったりするので、これが旧道ではないか?と勝手に思いました。
この道は、川にブツかって左折し、20号線にぶつかります。

枡形にも思えます。

可愛いお地蔵さんと馬頭観音
20号線を進むと、矢ノ口の交差点に
『権現の森』が見えてきます。
この辺りが、かつての『青柳宿』でした。


相次ぐ宮川の氾濫と火事による消失で、
『青柳宿』は、『金沢宿』に移転しました。
右手に見える権現の森

武田信玄が開発した金鶏金山との関連も考えられている祠
.
(49) 木船一里塚(日本橋から49里/192.4km)
木船一里塚は、清水橋バス停の左側にある高い木の下にあります。
通り過ぎて振り向くと、小さな案内板と石碑が見えます。
木船一里塚は、道路改修や中央線の線路敷設工事のために移動したので、
もともと
ここにあったというわけではないようです。

振り返って右手の森に木船一里塚を見ます。
左手には、中央線、20号線、宮川があります。

旧道は、戻る感じで20号線を離れます。
この分岐を見逃して、苦労しました。

木船神社 (御柱で囲ってあります。)を
右に見て、中央線を高架で渡ります。
画面左手を20号線(見えませんが)、中央線、宮川が通っています。
橋の左側にある円形のものは何だろう?と思いながら通過しました。

左は、人家が少ないところなので
下水の蓋ではないと思うのですが、
御柱祭の絵になっています。

地方により下水の蓋などに地方色豊かな
絵があるのを見るのは楽しいものです。


20号線は、かなり高いところを走っていますが、
旧甲州街道は、のんびりした田園風景
といったところです。

旧甲州街道は、原村からの道と合流し、中央線の下をくぐって、宮川沿いに進み、
宮川坂室の交差点で、20号線と合流します。

左側の宮川に架かる橋は20号線 交差点の手前右側にある常夜灯と石碑



戻る  進む

[歴史の道を歩こうTOP] [甲州街道TOP][歴史][甲斐武田氏の史跡][甲州街道Q&A